私がアーユルヴェーダを学び始めた理由
- kyoga _Kaori

- 2月3日
- 読了時間: 4分

ヨガとアーユルヴェーダで暮らしを整えるK-YOGAのKaoriです♪
自分を整えるための「生命の科学」
今回は、私が自分のために学び、実践しているアーユルヴェーダについてお話ししたいと思います。
アウトプットと習慣化を目的に、実際に生活へ取り入れてみた体験や気づきを少しずつ書き残していこうと思います。
アーユルヴェーダとは
アーユルヴェーダは、約5000年前にインド・スリランカで生まれた世界最古の伝統医学です。
Ayuh(生命)
Veda(知恵・科学)
を語源とし、「生命の科学」「生命をよりよく生きるための知恵」とも言われています。
特徴は、「万人に同じ治療」ではなく、一人ひとりの体質・性質に合わせた「個の医学」であること。
健康であること・幸福であること。
そして、自分で自分の幸福を育てていくこと。
アーユルヴェーダは、心と体、エネルギーのバランスが取れた状態をとても大切にします。
よく「ヨガは心の担当、アーユルヴェーダは体の担当」と言われることもあります。
以前の私は、アーユルヴェーダに興味がなかった
実は、最初のヨガのティーチャートレーニングの中でアーユルヴェーダを少し学んだことはありました。
でも正直なところ、浅く触れただけで、「聞きかじり程度」の知識しかなく、あまりピンときていませんでした。
インド、スリランカと聞いてもどこか遠い世界の話のようで、
体にいいらしい
スパイスは苦手
難しそう
そんな印象しか持っていなかったのです。
転機は、「自分の生活をどうにかしたい」と思ったとき
K-YOGAを始め、ヨガが日常に深く根づいていく中で、
自分にやさしくありたい
もっと幸せな選択をしたい
そんな思いが、少しずつ強くなっていきました。
学びを深めるほど、これまで当たり前だと思っていた凝り固まった思考が、少しずつ、ボロボロと外れていった感覚があります。
同時に、
自分の体調管理
生活習慣の乱れ
疲れが抜けない感覚
これらを「なんとかしたい」という気持ちも大きくなっていきました。
バラバラな生活リズムでも、疲れすぎずに働き、遊び、楽しめる心身でいたい。
そう強く思うようになったのです。
アーユルヴェーダとの本当の出会い
時はコロナ禍、アーユルヴェーダの先生とオンラインでよくお話をするようになりました。
先生はアーユルヴェーダを「学んでいる」のではなく、暮らしそのもの、生き方として実践している姿に、次第に惹かれていきました。
「こんな暮らし方がしたい」「自分の体とちゃんと向き合って生きたい」
そう思い、藁にもすがる思いでアーユルヴェーダを学び始めました。
学んでいくうちに密かに掲げた目標は、「いつか、魔女になる」。
まずは「自分を知る」ことから
アーユルヴェーダの学びは、まず自己観察から始まりました。
自分の体質
思考のクセ
心と体の反応
を、日々丁寧に観察すること。
「身体は小宇宙である」という言葉がありますが、自分自身を細かく見つめていくと、本当に自分という小宇宙を旅している感覚になり、それがとても楽しくなっていきました。
心は「今、こう感じている」「なぜ、こう思うのか」
体は「肩がこっている」「今日は調子がいい」
その一つひとつに気づいていく。
外ではなく、自分に意識を向けること。
ヨガも同じですが、心の深い部分と向き合い、受け入れることは決して簡単ではありません。
泣いたり、考えたり、時間をかけて、少しずつ変わっていく。
でもその過程すら、私は「旅」だと感じるようになりました。
「体を休める」を履き違えていた私
当時の私は、疲れが取れず、体調も万全ではありませんでした。
そこで実践していたのが「体を休める」ということ。
でも、その中身は…
寝る=朝遅くまで寝倒す
好きなこと=座りっぱなしの事務作業
食べる=お腹いっぱい、せんべいは第二のご飯
ゆっくり=ゴロゴロする
結果、気づいたら体が重くなっていました。
「体を休める=欲のままに過ごす」ではなかったのです。
アーユルヴェーダが教えてくれたこと
アーユルヴェーダ的に見ると、
体を休める=体が喜ぶことをする
ということ。
寝る → 早寝早起きでリズムを整える
好きなこと → 適度な運動や学び
食べる → 腹八分目、温かい手作りの食事
ゆっくり → 脳を休める
欲のままに過ごすことと、整うことは違う。
でも、心が自由で楽しかったあの時間も、決して無駄ではありません。
何事もバランス。
ヨガとアーユルヴェーダは、その「バランスの取り方」を体と暮らしを通して教えてくれるものなのだと、今は感じています。
また、具体的な実践方法など書いていきたいと思います。
*自分を旅する「ヨガ時間」ゆるっと導く調和のガイド*
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